クラゲ屋さんになったきっかけ その1


クラゲ屋さんになると思いもしなかった僕がクラゲ屋さんになって10年以上になります。

人工筋肉の研究開発に失敗して勤めていた会社をやめてしまった僕は、友人の空きビルを借りて始めたカフェバーの飾りにしようと人工筋肉になり損ねた材料で水中オブジェを作りだしました。それを見た人達が口々にクラゲみたいだねと言ってくれたのがこの仕事をする始まりになりました。

実は自分ではクラゲだと思っていなかったのです。水中を優雅に舞うお菓子をイメージして作っていました。初期の水中オブジェには、マドレーヌ1号、マドレーヌ2号という名前をつけていたのです。

柔らかい樹脂オブジェを水の中で生きているように動かすためには、水の配管に開けた穴の向きや大きさを試行錯誤して決めていかなくてはなりません。僕はある人から紹介してもらった水槽工場に何度も通って試作と実験をさせてもらうことになりました。

ある日その水槽工場の社長は僕に工場の合鍵を渡してくれたのです。

「あんた毎日遅くなって、家まで帰るのも面倒だろうし好きなだけやればいいよ。終電まででも朝まででも好きなだけやりなさい。ワシは明日も早いでよ。もう酒飲んで寝るからよ。」

四国の大歩危小歩危の村で生まれ育った社長は、そう言って先に帰って行きました。

この仕事を始めた時は、本当に様々な人に助けてもらいましたが、この会社の社長に会っていなければ、僕がクラゲ屋になることはなかったと思います。

●写真は水槽工場での水流実験

想芸館代表 奥田エイメイ

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